木枯しの吹く日


 自らの葉を赤く染め秋の顔を見せていた妖怪の山も、冷たい北風に煽られ一枚、
また一枚と散っていき、枯れ枝が目に見えて目立つようになってきた。
「うぅー、もうこんな季節なんだ……」
 妖怪の山の頂上付近に建てられている、守矢神社。そこの境内で一人の少女が
山の木々を見ながら呟いた。
 まん丸目玉が付属している黄色のハットをかぶったその少女こそ、守谷神社に
祀られている『洩矢諏訪子』その人である。
「こっちの冬もやっぱり冷え込むんだろうなぁ」
 木々の間を吹き抜けていく木枯らしを肌で感じつつ、諏訪子は考え込む。
「去年はまだ外の世界に居たから暖房器具とか使えたけど……こっちにそんな電力
 なんてあるわけないし。こうなったら春まで冬眠してようかな」
 カエル達を司る神でもある諏訪子は、寒いのが苦手であった。だが、カエルの神と
言えども冬眠などはしない。だって神様だし。
「折角コタツとかもあるのになぁ。でも電気コタツだから意味ないし。いっその事
 床に穴開けて掘りゴタツにしちゃおっか」
 腕組みをしてブツブツと独り言をごちながら諏訪子は境内を歩き回る。その姿は
まるでイタズラを考えている子供のようにしか見えない。
 そうして境内をぐるぐると回っているうちに、諏訪子は鳥居のそばに落ちている
風車に気がついた。
「あれ? 誰か参詣者の忘れ物かな?」
 諏訪子はそれを手にとって少し風に晒してみた。
 冬の知らせでもある北風に吹かれてくるくると回転をし続ける風車の羽根。それを
何気なく見つめていた諏訪子の脳裏に一つのアイデアが浮かび上がった。
「そうだ!! 無ければ自分で作ればいいんだ! そうとなれば……
 よーし、忙しくなるぞー」
 諏訪子はそのまま風車を持ったまま、嬉々として神社内へと戻って行った。
ただ、その姿だけを見ていると、まるで新しいおもちゃをもらった子供のようにしか
見えなかった。

「おや、諏訪子。そんなの持ってどうしたのさ? 里に降りたときに行商人にでも
 貰ったのかい? っぷ、よく似合ってるよ」
 自室でくつろいでいた守矢神社のもう一神である、八坂神奈子に先程思い浮かんだ
案を相談しに来た諏訪子だが、自らの要件を話す前に手に持っていた風車について
神奈子のツッコミが入ってしまった。
「そんなに笑う事ないでしょー!?」
 神奈子に馬鹿にされたり、子供扱いされるのは日常茶飯事だったが、それを
毎回受け流すことが出来るほど諏訪子の心は広くなかった。というよりも、二人にとって
こういったやり取りはもうすでに買い言葉に売り言葉とまで言えるほどの
『挨拶』となっていた。
「それで、実際のところはどうしたんだい? どうやら急いでここまで来たようだけど」
「そう、ちょっと相談があるんだよ」
「相談?」
 諏訪子からあまり聞き慣れない単語に、神奈子は眉をひそめたが
諏訪子はそれを気にせずに言葉を続ける。
「もうすぐ冬の季節じゃない? それで折角電気コタツとかストーブとか持って来てるのに
 こっちでは全然使えないでしょ? だからかなり厳しい冬になると思わない?」
「ああ確かにそうだ。こっちの寒さはまだ体験していないから知らないが、
 暖房器具類が全滅してる分あっちよりも寒く感じるだろうね」
 そう言った神奈子は肩をすくませた。どうやら神奈子もあまり寒いのは
得意ではないようだ。
「だからさ、あたし達で電力つくっちゃおうよ! そうすれば夏も冬も快適な生活が
 過ごせるしさ」
 その言葉を聞いて、神奈子は片側だけ唇を上げてニヤリ、と意味有りげな笑いをした。
「それは面白い。よし、その話乗った!」
「さっすが神奈子。話が早い」
「で、何か案はあるの? まさかまだ机上の空論、って訳でもないんだろう?」
「何種類かは案はあるんだけど……」
 言葉をそこで切った諏訪子は自らの手に握られた風車を見て、神奈子に説明し始めた。
「一番初めに思い浮かんだのは、風力発電」
「ああ、その風車だね。まあ確かにここは山の上だし、麓よりも風は強いだろう。
 それに私が風を風車に向ければいいんだし」
 神奈子は今でこそ山の神としてこの神社に祀られているが、元々は風神の一人である。
風を操る事などたわいの無いことだ。
「ただ近くで弾幕ごっこが始まったらすぐに壊されそうなんだよね。それに、ずっと
 電力を維持するためには風車の数が1台だととてもじゃないけどまかないきれない。
 だからといって下手に数を増やすとこの神社の見た目も悪くなっちゃうしね」
「じゃあ天狗がよくいるあの滝で水力発電とかは? 何なら河童に技術提供させても
 いいんじゃないか?」
「うーん、それもいいんだけど。折角だからこの神社だけじゃなくて他の場所にも
 ゆくゆくはそんな設備を付けられる様にしておきたいんだよね」
 そうなった時、あたし達の信仰も一気に上がるだろうし、と諏訪子は付け足した。
「まあ天狗達のお陰で此処に来る以前よりは信仰は増えてるんだけどな」
「それはまあいいとして。で、ここからが本題」
 諏訪子は一際声を小さく抑えて神奈子に語りはじめた。
「風でもない、水でもない。となればあと残るのは……」
「そう、火。つまり火力発電」
「幻想郷じゃそれが一番ありえない話じゃないか。発電装置は……まあ理論的に
 不可能じゃないさ。でもそれを働かせ続ける火力なんて何処で確保するんだい?」
 神奈子のその問いかけを予想していたようで、諏訪子は何一つ狼狽える
こと無くこう答えた。
「ここで出来なきゃそこですればいいじゃない」
 そう言って諏訪子は下を指さし、先程の神奈子の様にニヤリ、と笑ったのだった。


「たんたんたったったーんたたんたった♪」
 機嫌良く鼻歌を歌いながら、赤い色をした巫女服を纏った少女が寂れた神社の境内の
落ち葉を掃き集めていた。その巫女衣装は普通の装束とは少し違い、二の腕部分が
派手に露出していて脇の部分が側面から丸見えになってしまっていた。
 その衣装を好んで羽織っている少女は、幻想郷にいる者なら知らぬ人は居ないで
あろう、博麗神社の巫女こと、博麗霊夢である。
「んー、いい感じに落ち葉が集まってきたわね。うふふ、楽しみ楽しみ〜♪」
 普段ならめんどくさがってサボりがちになる境内の掃除だが、今日は少し違うようだ。
 それもそのはず、今日は霊夢のところに麓の村人から差し入れと言ってサツマイモが
数個届けられたのだった。そして、境内に至る処に落ちている枯れ葉を見て霊夢は
一つの結論に至ったのだった。そうだ、この落ち葉でヤキイモをしよう、と。
 後で楽しみごとがあるのがわかっている状態では、普段面倒臭い事でも楽しく感じる
ものである。むしろ、それがスパイスとなり後の出来事が余計に楽しく感じられる。
今の霊夢は正にその状態だった。だから、普段なら気付く筈の他人の接近に
全く気付けなかった。
「あら? 何だか楽しそうじゃない」
 霊夢の背後、石畳の上に10歳程度の小さな少女が立っていた。ただ、その少女の
背には小さな身体には似つかわしい大きな黒色の翼が生えている。
「え!? レミリア? いつの間に来たのよ?」
 霊夢はその声の方へと振り向き、その少女の姿を見て驚きの声を上げた。
 昼間にはあまり見掛けない、真紅の吸血鬼。レミリア・スカーレットが霊夢の背後に
立っていたのだ。彼女の風貌と一致した可愛らしい薄桃色の日傘を差して。
「普通にさっきから此処に居るわよ。貴方が気付かなかったんじゃない」
「あっそう。ま、どうでもいいわ。ん? そう言えば今日はあんた一人なのね?」
 霊夢がそう指摘する様に、今日はレミリア一人しかこの場に来ていなかった。
いつもなら、忠犬の様に隣にべったりとメイドがついてきている筈だ。
「咲夜のこと? ……今日はあの子は別の仕事で出張中よ」
 レミリアは少し顔を曇らせてそう呟いた。
 そう、現在咲夜はフランの一軒により永遠亭で輝夜のお守りをしているのだった。
レミリアとしてはこの一件は隠しておきたい事項だったため、紅魔館関係者以外には
何も話していなかった。
「別の仕事? 珍しいこともあるものね。ま、どうでもいいけど」
 咲夜の事は別に興味がなかった霊夢はそのまま落ち葉を掻き集め始めた。
今の彼女にはヤキイモの事で頭がいっぱいのようだ。
「……それにしても巫女って言うのも面倒臭い仕事ね。どんな神の気まぐれでも
 付き合わないといけないのね」
 レミリアには霊夢のその態度は都合が良かったので、早速話題を変え始めた。
すると、彼女の思惑以上にその話題に霊夢が食いついてきたのだった。
「はぁ? 何言ってるのよ。やっぱりこんな昼間っから外に出てるからどっか
 悪くなったんじゃないの? あんた」
 霊夢はずっと動かしていた箒を動かす手を止め、レミリアの方へと冷たい目線を
飛ばした。レミリアの方はその目線を見て少しドキッとしつつも霊夢の言葉に
少し違和感を覚えた。
「あら? その掃除ってあの子の指図じゃないの?」
「違うわ。これは私が自主的にやってるのよ。って言うか私だって境内の掃除
 くらいきちんとしてるっての」
 霊夢は憤りを感じながらも言葉を続ける。
「それよりも『あの子』って誰のこと? 今日はあんた以外に誰も神社に
 来てないんだけど」
 霊夢は近くの村人の事はレミリアには告げなかった。声に出してしまうと、誰が
聞いているか判ったものではないからだ。魔理沙辺りが何処からともなく飛んできて
出来たての芋を持ち去ってしまう事など既に数え切れない程体験している。
用心に越した事はない。
「そう。ここへ来る途中、丁度この神社の裏手辺りだったかしら。最近妖怪の山に
 やってきた変な帽子を被ったあの子が草の根を分けて何かしてたの。で此処に来たら
 貴方が同じ様な事してるものだから、手伝わされてると思ったのだけれど」
「そんなの初耳よ。それに、あの神社の分社はそこにあるわ。わざわざこっちに
 来なくても信仰はある筈よ」
 霊夢は少しの間考え込み、一つの結論を出した。
「考えても解らないものは解らないわ。仕方無い、本人に聞きに行くしか無いか。
 それに、何だか嫌な予感がするのよね」
 大きなため息をついて霊夢は手にしていた箒を近くの木へと立て掛けた。
レミリアはニヤリとした笑みを浮かべて霊夢に語りかける。
「面白くなりそうじゃない。わたしも着いて行くわ」
「勝手にしなさい。それに何をしてるのか聞きに行くだけだから面白い事とか
 ないと思うわよ」
「このまま紅魔館に帰るよりはマシよ」
 今の紅魔館は、咲夜は永遠亭。友人のパチュリーは図書館で何やら研究中で
篭りっきりになっている。妹のフランはこの時間は地下室で熟睡中のはずで、門番は
暇つぶしの相手になった試しがない。
 ということで、紅魔館に戻った所でレミリアの相手になってくれる人物は
居ないのであった。
「あ〜あ、ちょっとの間お預け、ね」
「何か言ったかしら、霊夢?」
「いいえ、なんにも。それじゃあさっさと行ってさっさと帰ってくるわよ」
 そう言いつつも名残惜しそうな表情を落ち葉の山に向けて、霊夢は神社の裏手へと
向けて飛び立った。レミリアもその後にくっ付く様な形でついて行った。


「確かさっきはあの辺りに居たと思うんだけど」
 そう言ってレミリアが指差した場所は、先程の場所から神社を跨いで丁度反対側に
なる位置で、この神社に住んでいる霊夢自身もあまり立ち入らない森の中だった。
 空から見る限りでは誰かが居たような痕跡は見受けられない。
「とりあえず降りるわよ。木が邪魔でよくわかんないわ」
 霊夢達はレミリアが指示した場所へと降り立った。しかし、上空から見たものと
同じように何の痕跡も残ってはいない、普通の森だった。
「もう帰ったのかもね。んー、何だかめんどくさくなって来ちゃった。もう帰って
 さっきの続きしようかな」
「……ちょっと待って霊夢。この辺りってここ数日で雨なんて降っていたかしら?」
「えっ!? えっと……いえ、降ってないわ」
 レミリアの突然の質問に、霊夢は驚き咄嗟には答えを出せなかった。だが、
その霊夢の返事にレミリアは満足したようで、少し遠くの方を指さし霊夢の方へと振り返る。
「ほら、あそこ。雨も降っていないし、上から見た限り水源も近くにない。
 それなのに何故か水たまりが出来ている」
「本当ね。誰か水浴びでもしたのかしら」
「貴方ねぇ……」
 霊夢のとぼけた答えにレミリアは脱力してしまった。
「冗談よ。取り敢えず行こうじゃないの」
 少し機嫌を損ねたレミリアを置いて霊夢はその水たまりの元へやってきた。
それは只の水たまりではなく、土をそのまま液状化させたようなもの、つまり
底なし沼の様なものだった。大きさは約50センチ程度と人一人が飛び込んだ
様な大きさだ。
「うわ、これ結構深いわよ。ハマり込んだら何処までも沈んでいっちゃいそう」
 霊夢は近くに落ちていた枝を手にとって付き入れてみたが、結構長い枝もドンドンと
沈みこんでいき、そのまま全て飲み込んでしまった。
「こんな罠を作って誰かを落とそうとしているのかしら」
「この辺りに作ってるのなら貴方を落とそうとしているのよ」
「いやいや、流石にそこまで暇じゃないよ」
 霊夢とレミリアがあれやこれやと言い合っている内に、いつの間にか二人の
探していた人物が苦笑いを浮かべて二人の後ろに立っていた。
「あら、それは残念」
「あんたねぇ……」
 レミリアは心底残念がっているようで、霊夢はそれを聞いて苦笑している。
その二人の姿を見たその人影は、そのやり取りを無視して自らの言葉を続ける。
「それはあたし専用の沼だよ。他人がそれに入ると二度と浮かんでは出られないから
 気をつけて」
 目玉の付いた帽子を被った少女こと、洩矢諏訪子が二人の正面へと回り込み、
その沼に手を差し入れる。すると、見る見る内に沼の面積が小さくなっていくではないか。
どうやら沼がその手に吸い込まれているようだ。そのまま沼を全て吸い上げた諏訪子は、
手についた砂を払い落として、改めて二人に向かい合った。
「いやあ、ごめんね。一つだけ消し忘れてたみたいで」
 てへへ、と舌を出してはにかむ諏訪子。彼女の身体の小ささと相まって、イタズラをした
子供が親に謝っている様にしか見えなかった。年齢的にはこの場にいる誰よりも
年上なのだが。
「それは別にいいんだけど。それよりもこんなところで何してたのよ?」
 霊夢は早速諏訪子に用件を訪ねた。一刻も早く戻ってヤキイモと洒落込みたい
一心からであった。
「ちょっと色々と地質調査を、ね」
「地質調査? そんなのあんたのとこの山でやってればイイじゃない。もう天狗とも
 仲良くやってるんでしょ?」
「それだけだと地質調査とは言わないでしょ、普通。色んな場所の地面を調べてこその
 地質調査。ま、それもこの場所でお終いなんだけどね」
「あら、そうなの。だったらもう山へ帰るんでしょ? この辺りは誰かさんたちが
 色々な事をやってくれてるから痩せ細ってたんじゃない?」
「誰かさんって誰のことかしらね」
 レミリアは霊夢の言葉を受け流ししながら諏訪子の顔を睨み出した。ただ睨むと
言っても、怨敵を前にしたような睨む、ではなく、心の中を見透かすように静かに
諏訪子を睨み付けていた。
「へえ、何だか面白そうなことを考えているようじゃない?」
 数秒後、レミリアは諏訪子へとそう呟いた。諏訪子はそれを聞いて驚きを隠せない
ようで、レミリアの顔を見つめたまま動かない。
「い、一体何を言ってるのかな。この吸血鬼は」
「ほらほら、声が震えてるわよ、カ・ミ・サ・マ♪」
 一方のレミリアは新しいおもちゃを手渡された赤ちゃんの様な、楽しそうな笑顔を
浮かべて諏訪子をからかい始めた。
「そ、そう言えばさ〜。こないだの満月の騒ぎはどうだったのかな、吸血鬼さん?」
「な!? ど、どうしてそれを!?」
「ふふん、わたしに知らない情報はあんまりないんだよ?」
 今度は逆にレミリアが諏訪子に追い詰められる番となっていた。調子に乗った
諏訪子は、何処かの庭師の様な言い方でレミリアに牽制している。
「ちっ、天狗の仕業か。あいつらの口止めをするのを忘れるなんて……!」
 レミリアは自らの失策に悪態をついた。いくら深夜の出来事だったからといって、
天狗たちがあんなおいしい出来事を見逃す筈が無かったのだ。
「ねえ、あんたたち何のことを言ってるのよ?」
 霊夢には二人の何の話をしているのか全くわからなかった。二人とも特に彼女の耳
には届かないように気をつけていたからだ。レミリアの方は特に隠さなくてもいい話
なのだが、彼女は身内の不手際は自らの不手際と思う節があるので、以前の件は
なるべく話題に上がらないように気をつけているのだった。
「ううん、何にもないよ!?」
 諏訪子は少し焦りながら否定するが、レミリアの方は少し真剣な表情をして
言葉を綴り始めた。
「私にはあるわ。霊夢は知っていると思うけれど、妹……フランの事―――」
 レミリアは静かに、自らの感情を押し殺して淡々と話し続けた。前の満月の夜の事。
そして咲夜が今日は何処へ行っているのかを。
「結局、私があの子を押さえつける事しかしていなかったから。だからあの日みたいに……」
 全て話終えたレミリアは俯いたまま顔をあげなかった。その目に涙こそ浮かんでは
いなかったが、先程までの表情は微塵もその顔に浮かんでいない。
「レミリア……」
 諏訪子はレミリアの表情を見ると、何も言葉を発せなかった。この幻想郷に来る
以前の事を思い出したからだ。
 人々は神の信仰を忘れ始めていた。その所為で自分や神奈子の存在自体も
危うくなっていたのだが、そのことではない。自らの子孫である東風谷早苗のことだった。
 彼女は生まれつきその時代では非常に強い神力を有しており、雨や風を起こすことが
出来たのだ。初めの内は周りの人間たちも『奇跡の子』として持ち上げていたのだが、
年を重ねる内に早苗の存在を奇異な目で見るようになっていった。
 今の世の中では雨を降らすと言う事は必要なことではなくなっていて、彼女の力の
必要性がなかったこと。そして一番の理由は、自分たちと違う存在は受け入れ難い風潮に
なってしまっていたこと。一定以上の年齢層には早苗は重宝されていたようだが、
同年代の子供たちには目の上のたんこぶ扱いされることが多かったのだ。
 それでも早苗は落ち込まなかった。逆に積極的に表へ出る事で自らの能力を
アピールして周りに東風谷早苗と言う人物を捉えてもらう事に必死になったのだった。
それは神奈子の助言であり、諏訪子は何も関与出来なかったのが少し悔しかった
けれど。それよりも一日一日成長をしていく早苗を見ているのは楽しかった。
 それが、もし早苗が家からでなくなってしまっていたとしたら。それはフランと同じ様な
状況に陥っていたかもしれない。そう思うと諏訪子はレミリアに何も言えなくなって
しまっただった。
「ばっかじゃないの、あんた」
 だが、霊夢はそんなレミリアを一蹴した。
「そんな過ぎた事でウジウジ悩んじゃってさ。あんたらしくもない」
「……」
 レミリアは霊夢に何も答えることが出来ない。
「妹に何か後ろめたいことが有るのかどうか知んないけどさ、いつものあんたなら
 そんなこと気にしないで我が道を進んで行くんじゃないの?」
「―――貴方に……貴方には解らないのよ!!」
 レミリアはそう言い残し、霊夢に背を向けて何処かへと飛んでいってしまった。
「ちょっ、霊夢!? 言い過ぎなんじゃ!?」
 諏訪子はレミリアの行動に驚きを隠せず、霊夢に問い詰めるが、霊夢の表情も
憂いに満ちていた。
「ちっ、本当になんなのよ。らしくないったらありゃしない!」
 がーっ!!と霊夢は一際大きな声を上げたかと思うと、先ほどまでの暗い表情から
一片、スッキリとした表情を浮かべていた。どうやらさっきの咆哮で吹っ切ったようだ。
「仕方無い。人肌脱ぎますか。諏訪子、せっかくだからあなたにも分けてあげる」
「へっ? 何を……?」
「い・い・も・の♪」
 霊夢はにへーっと締まりのない笑顔だけで諏訪子の問いに答えたのだった。


「霊夢のバカ……だって仕方ないじゃないの」
 先程の場所からそう離れていない森の中。レミリアはその辺りで一際大きな大木に
背をもたれかけていた。まだ紅魔館に戻るのには少し早かったし、だからといって
外に行く宛も無かった。それで結局彼女はまだこの博麗神社近辺をウロウロと
していたのだった。
 レミリアは大木に背を預けたまま空を見上げた。
 大木の枝のお陰で日傘を差さなくても支障はなさそうだ。レミリアはこの場所で、
木漏れ日を見上げながら先程の霊夢の言葉を脳内で繰り返し続けていた。
「あの子には……ああするしか無かったのよ」
 しかし本当にそうだったのだろうか? もしかしたら違うやり方というのが
有ったのではないか? それも、今よりも素晴らしい方法が―――
「……っ!!」
 レミリアはその場で頭を抱え込んでしゃがみ込んでしまった。四方八方から誰かに
責め続けられている様な気がしてしまったから。例えそれが自らの心が作り出した
幻想だったとしても、もう周りを見回す余裕なんて言うものは今のレミリアには
欠片も存在していなかった。
「もう、やっと見つけた。こんなとこに居たのね」
「……霊夢」
「うわ、なんて顔してるのよ!? ほら、取り敢えず立った立った!」
 霊夢は無理やりレミリアの手を取り、引き上げるようにレミリアを立ち上がらせた。
「貴方には関係無い話よ。放っておいてちょうだい」
 だが、レミリアは霊夢の手を振りほどいてまた背中を向けてしまった。
どうやら今の顔を霊夢に見せたくないし、自分も霊夢の顔を見たくなかったようだ。
「ほーら、そうやって拗ねないの」
 だが、霊夢はそんなレミリアの事を気にせずに肩を掴んで向かい合わせに
なるように引っ張った。
「ちょっ、何するの……って何それ?」
「ふぇ? ヤキイモ。美味しいわよ?」
 振り向かされたレミリアの目の前に、大きな焼き芋を口いっぱいに頬張っている
霊夢の顔があった。
「いや……それは見たら……ぷっ」
 あまりにも緊張感のない霊夢の姿を見て、レミリアは吹き出してしまった。
「あはははははっ」
 一度型が外れるともう込み上げる笑い声を抑えることが出来なかった。今まで
ウジウジと悩んでいた事も馬鹿らしくなり、それも含めて笑い飛ばすように
笑い続けていた。
「んんっ。さて、そろそろ気が済んだかしら」
 レミリアが一頻り笑っている最中、霊夢はずっと焼き芋を食べ続けていた。先程焼いた
ばかりのものだ。冷めてしまっては美味しいものも美味しくなくなってしまうことだし。
「……ええ。大分落ち着いたわ」
 その言葉通り、レミリアの表情に先ほどまでの憂いは無く、いつもの何処か
すかした表情を浮かべていた。それを見て霊夢は大きくうなずくと、左手を
彼女に差し出した。
「はい、これあなたの分」
「……頂くわ」
 その手には少し小さな焼き芋が握られていた。レミリアは少し躊躇したが、
素直に受け取ることにした。
「あむっ。んっ……おいしい」
「でしょ? もう、本当は私の分なんだからね。大事に食べないと神罰下すわよ」
「あら? 巫女風情がそんなもの落とせるのかしら?」
 くすくすと笑いながらまた一口イモを頬張るレミリア。それを見て霊夢は胸を
撫で下ろした。どうやら、ひとまず心配無いと判断した霊夢は、先ほどの話題に
触れることにした。
「さっきの話なんだけどさ」
「……ええ」
 レミリアは少し表情を落としたが焼き芋の事もあり、逃げ出すことはしなかった。
「過去にあんたたちの間にどんなことが有ったのかは知らない。それでも、大事なのは
 これからだと思う。諏訪子の話だと、幸い怪我人も出てないみたいだしね。
 これからゆっくり周りに馴染んで行けばいいのよ。あの山の神社みたいにね」
 そして、霊夢はちょっとだけ恥ずかしそうにはにかむと言葉を続けた。
「あとほら、この辺の奴らってあんたたちが思っているよりも結構頑丈だからさ、
 たまには頼ってもいいんだからね、なんて……ううん、柄じゃないわね。とにかく!」
 霊夢はぼけーっとしていたレミリアの頭をわしわしと撫でながら、にこやかに微笑んだ。
「一人で抱え込まない! それにあんたの周りにも相談出来そうなの
 いっぱい居るじゃない」
 ―――あと、私だって。
 流石に口にするのは恥ずかしかったので、心の中でだけそのフレーズを付け足していた。
「……うん、わかった」
 レミリアはそれだけを呟いてそのまま霊夢の胸の中へと顔を埋めた。
「ちょっ、こら! 何してるのよ!?」
「もうちょっとだけ、このままで……」
 そう言ったレミリアの声は少し震えていた。どうやら泣いてしまっているようだ。
それに霊夢も気付いたようで、そのままレミリアの頭を撫で続けた。


「はいはい、ご馳走様っと。それじゃ、今のうちにさっさと退散しなくちゃ」
 二人から離れた木陰の中で、小さな影が動いていた。
 あのあと諏訪子は霊夢に付き合って博麗神社へと舞い戻り、集めていた落ち葉で
焼き芋の手伝いをさせられていた。イマイチ霊夢の考えがわからなかった諏訪子は
取り敢えずそのまま手伝っていたのだが、焼き芋が出来上がるとともに霊夢は
それを持ち諏訪子にこう言い放った。
「さて、手伝ってくれてありがとうね。これ、あなたの分よ」
 と、出来上がった中でも小さな方の焼き芋を諏訪子に手渡して何処かへと飛んで
いったのだった。レミリアの事が少し気になっていた諏訪子はこっそりと霊夢の後を
つけていたのだ。
 そして、レミリアの元へとたどり着いたのだが、さすが勘が働く霊夢である。
上空へと舞い上がった霊夢は360゜辺りを見回すと、あの辺かな? と一直線に
森の中へと突っ込んで行った。そして、そこにはきっちりとレミリアが居たことに
驚きを隠せない諏訪子だった。
「今日は色々と収穫があったなぁ。ここに来て良かったかな」
 霊夢にもらった焼き芋を頬張りつつ、諏訪子は先ほどの事を思い返す。
 レミリアの独白と紅魔館の現場。そして霊夢の手腕。あと、忘れてはいけないのが
そもそもの調査内容なのだが……。
「思ってたより勝手は良さそうだったかなぁ? でも、”元”灼熱になってたし。
 何かアクセントをつけないと火力が弱いかも。ん〜、とりあえず神奈子に
 相談してみようか」
 どうやらそちらも悪くない手応えだったようで、意気揚々と守矢神社への
帰路の道を戻って行った。
「博麗の巫女に見つかっちゃったのは予想外だったけど。もしかして何か
 感づかれちゃったかな?」
 これからの作業の事を考えると霊夢には黙っていてほしい。
説明したところできっと幻想郷に住む人たちにはきっと解らないことだろうし。
「むふふ。それにしてもイイものを見せてもらっちゃった〜」
 さっきのレミリアと霊夢のやり取りを思い返す諏訪子。その表情はニヤニヤと
嫌らしい笑みを浮かべている。
「今夜のおツマミにいいネタかもね〜♪ あ、今日は天狗たちも来るんだっけ?」
 天狗たちに話すべきか黙っておくべきか。
「ま、どっちでもいいや。あたしに関係ないし♪」
 上機嫌な祟神は山の上の神社に辿り着くまでずっとその調子だった。
 ちなみに、一方の霊夢達の方はその後どうなったのか。それは当人達にしか
わからないことだった。
 ただ、次の日からレミリアは少しだけ他人に優しくなったようで、周辺の人々、
特に紅魔館の住人から不思議がられる事になったようだが。




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