(偽)長門有希の恋心 〜前編〜


 翌日、いつも通り目覚まし時計の音では起きれず、徒歩で登校可能なギリギリの時間に目が覚めた。なので、また
「おはよう、長門さん。 昨日はちゃんとあったかくして眠った?」
「………うん」
 朝倉涼子と出会い、一緒に登校。
「そう言えば、昨日………」
 彼女は、またいつもの様に笑顔で私に話し掛けに来る。
 今日の話は、昨日部室に入ってきた彼の話だった。
 彼女が言うには、彼女が教室に入った時、彼に
『なぜ、お前がここに居る』
 といきなり問い詰められたらしい。
 問い詰められる理由もわからない彼女(その周りの人達全員もだけど)は終始?マークが飛び交っていたようだ。
「…昨日、私の所にも来た」
「え? そうなの?」
 こくん。
「文芸部の部室で。いきなりでびっくりした」
「文芸部の部室…か。彼、今までそんなとこ行った事無かったのにね」
 数秒の間の後、私は首を縦に振った。
「あ、そんなとこってそういう意味じゃないわよ?」
「…いい。気にしてないから」
 今日の朝の話は、ここでお終い。この時に丁度、校舎に辿り着いた。
「じゃ、今日もここで」
「……うん」
 朝倉涼子と別れた後、少し立ち止まり、周りを見回す。
「…………はぁ」
 やはり、彼の姿は無かった。

―――キーンコーンカーンコーン。
 今日も一日の授業が終わり、今から部活動の時間となった。
 彼、今日も部室に来るのかな。
 教室を出る前、ふとそんな考えが頭をよぎった。
 そして、あっという間に部室の前。
 何故か一瞬、部室のドアを開けるのを躊躇ってしまった。
「…………」
がちゃ。
 静かに開けて中をのぞいてみても、そこはいつもと同じ、こじんまりとした文芸部部室だった。
 落胆と安堵が同時に訪れ、少し混乱しつつも自分の椅子へ。
 後はいつもと同じ。読みかけの本を開いて、文字の海の中へ潜っていくだけ。
 一度本を読み始めれば、周りの音はもう何も聞こえなくなっていた。―――が
コンコン。
 ドアをノックする音。その音で現実の世界に帰って来た。
「……はい」
がちゃ、ばたん。
「よ」
 彼だった。私は、普段通りを装うように、本に目を戻した。
「また来てよかったか」
 こくん。いつものように少しだけ首を縦に振る。
 彼は、鞄を置き、部室の本棚に目を向けていた。
 顔は本の方を向いているが、目線と頭は彼の方に釘付けだった。
「これは、全部お前の本か?」
 彼の純粋な疑問。それに私はすぐ答えた。
「前から置いてあったのもある。でも、これは図書館で借りた本」
 そう言って、今私が読んでいる本の表紙を彼に見せる。
「小説、自分で書いたりはしないのか」
 彼にそう聞かれ、ドキッとなり、パソコンの方を見る。
 昨日、確かに『あのフォルダ』は隠した。大丈夫、彼はまだ見ていない。
「読むだけ」
 私のその言葉に納得したのか、彼はまた本棚の方に目を戻した。
 そして、一冊の本を抜き、パラパラとめくり始めた。
 彼の興味を引く本があったらしい。その事が少し嬉しく、彼も本を読んでいるのなら、
 ということで私も本に戻る事にした。
 数分後、彼は私に何か細長い紙切れを持ってきた。
 そこには、誰かの字で何か書かれているようだった。
「これは、お前が書いたのか?」
「確かに似ている。でも、私は知らない」
「そうか……」
 少し落胆したようだった。が、何か気付いたのか、すぐにいつもの顔に戻った。
 そして、近くの椅子に座り込み、何か考え始めた。 
 私は、また読書にもどった。


 ―――二時間くらいたっただろうか。
 私は、顔は本の方に向けたまま、目だけで彼の方を見てみた。
 彼もこっちをじっと見ていた。
 その事に気付いた途端、顔が少し熱くなった。
 一度その事に気付いてしまったら、もう本に集中する事は出来なかった。
 段々、顔が熱くなっていく。きっと今私の顔は苺とまでは行かないが、それくらい赤く染まっている事だろう。
 少しずつ、胸が苦しくなり、鼻だけで呼吸をするのは厳しくなってきた。
 何もしていないのに、息切れなんて、一体どうしてしまったのだろう。

 さらに時間が過ぎ、彼が、
「もう帰るよ」
 と言った。
「そう」
 なら、私も帰ろう。時間も早くは無いけど、遅くも無いいい時間だし。
 そして、部室を出てすぐに彼が私に聞いてきた。
「なあ長門」
「なに?」
「お前、一人暮らしだっけ」
「………そう」
 なぜ、知っているのだろう。まだ、彼と話すようになって一日しか経っていないのに。
 校舎を出るまで、彼がネコの話などしてくれた。
「ペット禁止」
 そう私は言って、少し後悔した。
 せっかく、話題を振ってくれたのに。
 少し考えた後、私は決心した。
「来る?」
「どこへ?」
「……私の家」
「……いいのか?」
 こくん。首を少し振った。
「いい」
 誘った。
 彼を私の家に誘ってしまった。
 今日の私はどこかおかしい。いつもはこんなこと出来ないのに。
 彼の顔を見ると意識してしまうので、顔を見ない先頭を歩く事に。
 彼は『やれやれ』と言う意味(だと思う)溜息と苦笑(私は見ていないけど)をしていた。


 学校から私の家までは、二人とも無言だった。
 私は、いつも自分から話し掛けにいくタイプではないし、彼を意識してしまい、何を話していいかもわからなかったから。
 もくもくと歩き続け、すぐに私の家に到着。
 いつものように番号入力、鍵が開くのを確認してから中に。
 彼を無言で促して、エレベーターに乗り自分の部屋のある7階に。
 そして、私の部屋に入ると、彼が突然私に襲いかかり―――
 ということも無く、しげしげと部屋の間取りなどを見ていた。
 そして、一つの部屋の前で止まり、
「ここ、見せてもらってもいいか?」
 と聞いてきた。
 別に何も置いてない、ただの空き部屋だったので、断る理由も無かった。
「どうぞ」
「ちょっと失礼する」
 彼は、ふすまを開き、中に入って隅々まで見渡した後、少し落胆して出てきた。
 ………一体何を期待していたのだろうか。


 居間に二人向かい合って座り、彼にお茶を注いだ。
 二杯目のお茶を入れたとき、私は彼に話を持ち出した。
「私は、あなたと学校外であったことがある」
 と。今まで話をしていないのに、いきなりこんな話をされては彼も驚くだろう。
 思ったとおり、少し面食らった顔になりつつも、私に
「どこでだ」
 と、場所を尋ねてきた。いつもなら私はここで
『図書館』
 と、一言で話を終わらせていただろう。しかし、今回は自分から振った話。
 それで話を切ってしまっては何のために話し掛けたのか解らない。なので、
「覚えてる?」
 と、遠まわしに言ってみた。少しは長引き、さらに彼の思い出になっているかどうかも確認できる、
まさに一石二鳥の質問だと思った。
「何を?」
 だけど、彼は私に聞いてきた。それは、つまり何のことだか解らないという事―――
 少し悲しくなりながらも、初めから彼に説明することに。

「…………」
 私の説明が終わり、彼の言葉を待つ。
 もう私には話す事もない。後は彼が覚えているかどうかだけ。
「…………」
 無言のまま、時間だけが過ぎていく。
 彼の言葉を待っていると、指先から振るえがやってきた。
 やはり、私何かの、ことは、覚えて、いなかったのだろうか。
「…………」
 それでも時間は過ぎていく。あまりにも長い時間が過ぎたような気がしたけれど、実際に時計を見てみると、
まだ数分しか経っていないという事実がそこにあった。
 彼の方を盗み見してみる。
 本当のことを言うか、それとも……
 そんな風に、悩んでいるように私には見えた。
 私の視線に気付いたのだろう。顔をふと上げ、目が合う。
 顔が少し熱くなり、俯く。
 忘れてくれていてもいい、今はただ、このこう着状態から抜け出したい―――
 そう思うようになる程、時間が過ぎていった。
 

 実際の時間にして、15分くらい経った頃(体内時計では2時間以上過ぎているが)、彼が、
「俺の記憶では……」
 と、何か決意した表情で、恐る恐ると言った感じに話し始めた。
「確かに図書館でお前にカードを作ってやった。それは同じだ」
 その言葉を聞いて、彼が覚えていてくれていた喜びを感じる。
 きっと、今私は少し微笑んでいる事だろう。
 そんな私の顔を見て、少し顔色が曇った彼は続けて
「だが、やっぱりお前の記憶とは少し違うんだ」
 私は、聞いた。
「どう、ちがうの?」
「……俺は、お前と、図書館に行った」
「…………」
 私は唖然となった。あの時、私は確かに一人で図書館に向かった。
 でも、彼は私と行ったと言っている。
 一体どちらが正しいのだろう。でも、その事よりも……
「私と、図書館に……?」
「ああ。俺がお前を連れて行ったんだ」
 彼のいう事が本当だとしたのなら、その時私は……
「で、デートしていたの?」
 デート、という単語に顔が赤くなる。
「い、いや…そうじゃなかったけど……」
 けど、何なのだろう。
「二人きりで行ったのは確かだ」
 彼はそう、はっきりと言い切った。
「…………」
 また、沈黙が部屋を包み込んだ。
 でも、この沈黙は、さっきのとは違い、あまり、嫌ではなかった―――
 何か聞こう。そう思ったけど、言葉に出来ない。どうすればいいかと悩んでいると、
「長門」
「?」
 いきなり名前を呼ばれ、少し驚く。
「俺は、多分だけど…」
「何?」
 そこで彼の言葉が途切れる。この後、何て言葉が続くのだろうか。
「お前の事が………好きだ、と思う」
「…………」
 三度目の沈黙。
 彼の言い方はあやふやで、違ったとも気のせいだったとも言いなおせる言い方だ。
 でも、それでも私は、彼に告白されたのだ。
「お前は、俺のことが、嫌いか?」
「…………」
ふるふる。
 言葉に出来そうに無かったので、首を振って返事。
「俺は、お前の言葉で聞きたい」
「…………」
 顔が熱い。きっと真っ赤に染まっているのだろう。
 この場から逃げ出したい。でも…今逃げると全てが台無しになってしまう。
「………好き」
 声になっているかなっていないか。そんな微妙な声しか出なかった。
 それでも、彼は満足したようで…
「…長門!」
「きゃ!?」
 私を強く抱きしめてきた。少し息苦しい。でも全然嫌ではなかった。
とくん。とくん。 
 心臓の音がいつもより大きく聞こえる。
とくん、とくん。
 耳を澄ませば、彼の鼓動も聞こえてくる、そんな気もした―――


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