(偽)長門有希の恋心 〜後編〜


「さて、どこから説明してもらいましょうか」
 朝倉涼子は、両手に抱えていた鍋をコンロの上に置き、
 居間に私達を集めてそう言った。
「えーと、つまりこれはだな…」
 彼が説明をし始めた。
「かくかくしかじか…というわけなんだが」
「あのね…本当にかくかくしかじかで通じると思っているの?」
「…やっぱりダメか?」
 何故かとても残念そうだった。
「当たり前じゃない! ……もういいわ。長門さん、あなたから教えて」
「…………というわけ」
「………なるほど。って言うとも思ってる?」
「…やっぱりだめ?」
「はぁ…。『……というわけ』、だけじゃ解らないわよ……」
 何故か心底疲れているようだった。
「あなた、彼に毒されてきてるわよ」
「その言い方はないだろう。…というよりも、あの長門が冗談を……」
「あなたがしこんだんじゃないの?」
 二人の目がこっちを見る。
「………?」
 それに首をかしげて返す私。
「「…………はぁ」」
 何故か二人して溜息。
「もう一度だけ聞くわね。どうしてこうなったのかしら」


 最終的には、彼が説明してくれた。
「ええとだな、長門とは帰り道が一緒になって…で、文芸部に入ろうかと悩んでいる俺はこいつに相談をしながら
 帰ってたんだ。そしたら、いつのまにかこのマンションの前まで来たからさ、まだ話も終わってなかったもんだから、
 お邪魔させてもらってたんだ。もちろん、こいつに同意は取ってあるぞ」
 本当に文芸部に入りたいのだろうか。
 それなら、相談も何もしないで前に渡した入部届を出すだけでいいのに。
「本当かしら」
「本当だって。なあ長門」
「…………」
―――こくん。
 話を聞いていなかったけど、取り合えず頷いておいた。
「そう。なら、何故それだけで彼女はこんな格好になるのかしら? それも聞いてみたいものね」
「ぐ………」
「……///」
 言葉が詰まる彼と、少し俯く私。
 今は、彼にブレザーを返して、部屋着兼寝巻きを着ている。
 眼鏡もちゃんとかけているし。
 彼はもちろん、いつもの北校の制服だ。
 それにしても、流石にブレザーだけで玄関に出たのはまずかった。
 いくら眼鏡をかけていなかったからといって、男物と私の服、さらに下着を付け忘れるなんて……
 せめて、上下だけでもきちんとした格好だったならここまで問い詰められなかったのに。
「まあ、今はいいわ」
 彼女は、そう言って立ち上がり
「せっかく夕食の用意も持ってきたんだし、はやくいただいちゃいましょ」
 と、さっき持ってきた鍋のところに向かった。
 なら、私も用意を手伝わなければ。一応彼女もお客なのだ。
 お客に準備を任せっきりにするのは気が引ける。
 それに、彼も居るし……。彼の前で何もせずにぼーっとしていたくはなかった。

「あら、食べていかないの?」
 準備をしていた最中、朝倉涼子が彼にそう聞いていた。
「?」
 どうしたのだろうか。
 気になったので、持って行こうとしていた食器を出すのを中断し、居間の方へ向かった。
「あ」
 彼とぶつかりそうになった。彼の手には、鞄が持たれていた。
「帰るよ。邪魔になるだろうしさ」
 そう言って、玄関に向かおうとする彼。
 ここで、彼と別れてしまうと、何故かもう会えなくなるような気がした。
 そう思ったとき、自然に、私の手が彼の袖を摘まんでいた。
 私には、これ以上彼を引き止めることは出来ない。
 これでも彼が帰るなら、今日はもうあきらめるしかないだろう。
「と、思ったが喰う。うん、腹が減って死にそうだ。
 時間もいい時間だしな。何か腹に入れないと帰れそうにない」
 私は、内心溜息を吐きつつ、食器を取りに台所に戻った。
 その光景をにやけているのか、呆れているのかよく分からないような
 顔で見ていた朝倉涼子の横を通り過ぎて。

「―――って言うのよ。おかしいでしょ?」
「ああ、そうだな……」
「…………」
 三人での夕食が始まった。
 彼女は、いつものように楽しそうにおしゃべりしている。
 彼は面倒臭そうに相槌を打っていた。
 私は、そのやりとりを見聞きしつつ、彼女のつくってきたおでんを食べていた。
 そんな状況で約一時間。  
 彼女が作ってきてくれたおでんは2割ほどを残してなくなった。
「長門さん、余った分は別の入れ物に入れて冷凍していおいて。
 鍋は明日取りに来るから。」
 そう言って、彼女は立ち上がった。
 それと同じく彼も立ち上がり、玄関に向かった。
「それじゃあな」
「またね、長門さん」 
 二人は、同時にこの部屋を出た。
「あ、長門」
 彼は、部屋を出る前に私の耳に顔を近づけ、
「明日も部室に行ってもいいか?放課後さ、ここんとこすることなくてさ」
 彼の言葉を聞いて、私は少しその意味を考えた後、
 彼に今までで一番の笑顔で答えを返した。


―――次の日
ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ。
 目覚し時計の音がなっている。
ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ。
 早く消して、学校にいかなくちゃ。
 そう思いつつも深い意識の海の底に居る私は、現実と言う海面まで浮き上がって
 来るまで、まだ時間が掛かりそうだった。
かちゃ。
 と。不意に目覚ましの音が消えた。
 いつもなら後数分はなりっぱなしなのに。
 でも、ちょうどいい。これで、ゆっくり眠れる………
「こら〜、おきなさ〜い!」
「っ!!?」
 誰かに怒鳴られて、一気に覚醒する。
 辺りを見回すと、
「おはよう、長門さん」
「……………」
 なぜか、私の部屋に朝倉涼子がいた。
「………おはよう」
「よろしい」
 そう言って、彼女は台所へ向かっていった。
「???」
 何故、彼女がここにいるのだろうか。
 昨日、あの後どうなったのだっけ―――


 夕食のおでんの鍋を片付け終わった、丁度そのときに
ピンポーン
 また、インターホンがなった。
 今日は、よく客が来る日。とおもいつつ、対応に。
「はい」
「何度もごめんなさい、長門さん」
 それは、朝倉涼子だった。
「ちょっと忘れ物しちゃって。入ってもいい?」
「…どうぞ」
―――でも、忘れ物何かあっただろうか。
 玄関の扉を開きつつ、考えていた。
「あ、もう鍋洗い終わってるんだ。じゃあ丁度いいから持っていくわね」
「うん。……忘れ物はあったの?」
「…………」
 いきなり黙る彼女。
「?」
 不思議に思い彼女の顔を覗く…
「っん!?」
 彼女がいきなり口付けをした。もちろん私の口に。
「………急にごめんなさい」
「…………」
 あまりに突然だったので、まだ頭は働いていなかった。
「あなたが彼の服を着て出てきたとき、とても驚いたわ」
「…………」
「いつもかけてる眼鏡もかけてなかったし、下着もつけてなかった」
「……///」
 その時の事を思い出し、ちょっと顔が赤くなった。
「でも、それ以上にあなたの部屋に彼が居る事が驚いた」
 それはそうかもしれない。
 昨日まで、私と彼は話もした事がなかったのだから。
「なぜあなたなの? どうして彼なの?」
「…………」
 一体何がいいたいのだろうか。
「わたしは、あなたが好き。友達として、ううん、それ以上の感情も
 持っているかもしれない。そして、彼のことも、異性として意識していた」
 ……そう、だったの?
「あなたが誰か男子と付き合うなら彼にアタックするつもりだった。
 逆に、彼に彼女が出来たならあなたと居る時間を毎日少しずつ増やしていく
 つもりだった。休日にも一緒に出かけたり、そういう事をしようと思ってた」
「…………」
 声を出す事が出来なかった。
「まさか、あなたと彼が付き合うことになるなんて考えた事もなかったなぁ」
「付き合ってなんか…」
 そうなればいいとは、思っていたけど……
「さっき、帰りに彼に確認を取ったの」
「……何て?」
「彼に、長門さんの事、どう思ってるか」
「……………」
 どう、思っているのだろう。さっきははぐらかされた様なものだし。
「彼、あなたのこと、本当に好きみたいよ」
 彼女はその時の事を詳しく話してくれた。

―――帰りのエレベーターの中
「ねぇ、あなた。長門さんのこと好きなの?」
「な!? 何をいきなり!?」
「……そんなに動揺するなんて、やっぱり好きなんだ」
「……………」
「いい事教えてあげる。沈黙は、肯定と同じ意味なのよ」
「それは……」
「でも、おかしいなぁ。あなたの趣味って変な子なんでしょ?」
「……何でそんな事知ってるんだ」
「国木田君が言ってたのを小耳にはさんだんだけど…違うの?」
「あの野郎…それはあいつの勘違いだ。聞き流しといてくれ」
「……そう。じゃあ、長門さんみたいなのがタイプなんだ」
「…そういうわけでもないんだが。それよりも、どうしてお前が長門の世話を焼くんだ?
 クラスが同じ訳でもないし、中学も別なはずだろう?」
「……………同じマンションのよしみよ。彼女を見ていると、危なっかしくて。つい、手を差し伸べたくなっちゃうの。」
「そうか……」
「彼女と付き合うんでしょ? なら、もっとまじめに考えなきゃダメよ。ああ見えて彼女、精神の脆い娘なんだから」
チーン
「じゃあ、ここで」
「……ああ」
「あ、最後に。気になるのは彼女だけじゃなくて、あなたも同じよ」
「………え?」

―――ここで、エレベーターのドアが閉まり、会話が終了したらしい。
 私には、イマイチ彼が誰が好きって言うのがよくわからなかったけど…
 彼女がそういうのならきっとそうなのだろう。
 それにしても、この会話で私でも解ることがあった。
 彼女は、すごく他人優先な性格だということ。
 例え、それが自分ひとり損して、他の人が喜ぶ事なら、喜んでそれを実行する。
 その後に何の見返りも無くても……
 彼女は今までずっとそうしてきたのだろうか。
 そして、それは、何て悲しいことなのだろう。
「…………」
 私は、背伸びをして、彼女の頭をなでた。
「な、長門さん?」
 彼女はいきなりの事ですこし驚いているようだ。
「…自分の感情を押し込んじゃダメ。時には我慢しなくてはいけない時もある。
 でも、今はその時じゃない。今、感情を押し込んでいると、きっと後で後悔する」
「……長門さん」
「今、あなたはどうしたい?」
「…わたしは―――」


―――といった流れになったと思う。
 そして、そのまま彼女をこの部屋に泊めたんだっけ?
 ……どうもその辺りがはっきりとしない。
 まあ、どうでもいい事だろう。今は、取り合えず登校の準備をしなくては。
「あ、朝ごはん。ここに置いてあるからね」
「わかった」
 久しぶりに食べる朝食。それをじっくりと味わって食べる…
「そんなゆっくり食べてたら遅刻しちゃうわよ!ただでさえ少し時間ギリギリなのに」
 …ことも出来なさそうだ。残念だけど、可能な限り急いで食べることに。
もぐ…もぐ…
 それでも、後から食べ始めた彼女の方が先に食べ終わってしまった。
「それじゃあ、学校にいきましょ。忘れ物、ないわよね?」
「…たぶん」
「…何か心配だなぁ」
 そう言いつつ、マンションを後に。結局時間はいつもとほぼ同じ時間だった。
「結局この時間になるのね…」
「…………」
 朝から彼女は少し疲れたようだ。
「えっと、ドタバタしてて言い忘れてたんだけど…」
「なに?」
 彼女が不意に立ち止まり、いきなり頭を下げた。
「不束者ですが、ヨロシクおねがいします」
 と。
「………え?」
 どうしてそんな事になっているのだろう。
 昨日の夜に、一体何が起きたと言うんだろう。
「って、変な言い方よね。今のって」
 と笑いながら、彼女は自分の言葉で言い直した。
「えっと、これからは、同じ部屋で暮らすことになるけど、お互い、頑張りましょう」
「…………」
 ああ。思い出した。
 彼女は、昨日の夜。確かこう言ったんだった。
『わたしは、あなたと一緒に暮らしたい』と。
 その言葉にどう言う意味がこもっているのかはよく分からなかった。
 けど、せっかくの彼女のわがまま。これ位ならいくら聞いても構わなかった。
 彼女が私のことを気にかける位、私も彼女のことを気にかけているのだから。
―――それはもう、彼のこと以上に。
 長い坂を登り始めるその前に、私は彼女にこう言った。
「こちらこそ、よろしく」

 
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